【思い出】kodaman.と吹奏楽(アンコン編)

明日から、高校のアンコン県大会ですね。
前任校は明日、初任校は明後日が出番のようです。
思いっきり(これ結構重要)楽しく(これも重要)アンサンブルしてきてください。
賞はあとからついてきます。

アンサンブルは仲間とたくさん楽しんできましたが、アンコンに出場したのは高校のときだけ。

・高1 金管六重奏
オストランスキー「金管六重奏のための組曲」
賞は…覚えてない…  →2015.9.14 ふと、思い出しました。金賞でした!!でも、代表ならず。
二年生の先輩が練習しているのを羨ましく見てたら、先輩が忙しくなってなかなか部活に出れなくなり、
一年生だったけどアンコンに出れました。
会場は音楽文化会館だったかな?(高速バスで行ったよ) →2015.914 確認。音文でした。

・高2 金管八重奏
ラングフォード「ロンドンの小景」よりⅠ、Ⅵ
クラチームとともに初のW金賞、W関東(まだ関東の時代!)というありがたい結果をいただきました。
それまで吹いてきた楽譜の中で、一番難しかった! よく吹けたな~自分。
関東大会の会場は宇都宮市文化会館。結果は銅賞でした。
結果はよく覚えているのですが、当日のことは全然覚えていません。

大学では、アンコンが定期演奏会の時期と重なっていたので1回も出場しませんでした。
後輩が、たまたま定期演奏会との時期が重ならなかったので出場し、西関東まで行ったのを覚えています。
大会には出ませんでしたが、教本の二重奏とか、パート練習とか、プチ合奏と称した少人数合奏(ある意味アンサンブル)とか、日々の練習の中で、気軽にアンサンブルを楽しんでいました。

アンコンのためのアンサンブル練習はつまらないです。
2人揃えば、いつでもどこでもアンサンブル出来ます。
そのときの「合わせる楽しさ」を忘れてほしくないです。

明日のリリックホールで、素敵なアンサンブルが奏でられることを祈っています。

スポンサーサイト
Date: 2014.11.12 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(魚沼編)

初めてに教壇に立った地が魚沼。そこで触れた吹奏楽。

・初任校、初年から吹奏楽部顧問という、大変恵まれた環境。
しかし、部活動自体の制限が大きく、自分が過ごした高校時代の吹奏楽とは全く違う環境。
でも、短い時間で集中して練習できた…かな? 
コンクール指揮のデビューは、顧問2年目のとき。県民会館だったかな?
・顧問としての最大の後悔は、中越地震のとき、アンコン出場を断念したこと。
あのときの判断は間違ってなかったと思うが、やはり出させてやりたかった。

・今はなき、小出郷管楽アンサンブルにトラでオンステ。
たぶん今後も演奏しないであろう、メンデルスゾーンの「序曲」とか伊藤康英の「管楽器のためのソナタ」(課題曲)を、ウィンドアンサンブルで演奏できた貴重な経験。確か、このとき、元東京佼成WOのトロンボーン奏者、萩谷克己先生の指揮で演奏できたと思うのですが…

・魚沼の一般バンド、「魚沼吹奏楽団」にも、一時期所属。1回トラで乗ったら、勢いで入っちゃいました。
秋の定期演奏会は時期的に厳しかったので、スプリングコンサートに3回ほど出たかな。
初めての一般バンド経験。特にポップスが楽しかったです! 当時入っていたM高生も、立派な大人になってるんだろうな~
(追記)サックスの須川展也さんがゲストできたときの演奏会に乗れたのは幸せ!!!でした。リハのときも、ちょー気さくな方でしたよ。サインもらい損ねたのが心残り… 

・長岡の一般バンド、「ザ・ウィンドアンサンブル」にも1回だけ、トラで参加。
そのときは確か「リードづくし」のときだったと思います。「エルサレム賛歌」、楽しかったけど、きつかった~

Date: 2013.05.16 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(大学院編)

1年以上前に連載して、大学生編までで、終わってましたね。

過去のものは「思い出」カテゴリでさがしてね。

・執行部のつとめが終わり、事実上の引退。4年生は就職準備&卒論。
・kodaman.不勉強がたたり、教員採用試験は見事玉砕(ちなみに、このころは「中学」志望でした)。
・部活には(飲み会以外は)顔を全然出していなかったけど、そういうことだから、定期演奏会には出ることに。
 この年は、青海町(現・糸魚川市)への出張演奏があり、その直後に定期演奏会という、なかなかハードな年でしたね。
 そうそう、久しぶりにコンクールに出たのも、この年からでした(kodaman.はもちろん出てませんが)。
・4年生なので「追いコン」で追い出される対象に。
 アンコールでは「宝島」をやったけど、後半のサックスソロは、木管の4年生がリレーしながら(Fl→Cl→Sax)演奏。
 さらにドラム後のtp,tbは、4年生全員(フルートからテューバまで)でメロディをユニゾン!
 そんなはちゃめちゃなことをやり尽くして、卒業しました。

・無事、大学を卒業し、晴れて「研究生」に(笑)。1年間だけ大学に在籍する制度です。
 教採もう1回頑張るとともに、もう少し視野と知見を広げたいということで。決して、決して、留年したわけではありません。
・採用試験は、4年の時より勉強はがんばり、一次は突破したものの、二次は不合格。
 意を決して、「高校」志望に切り替え(これは高校の時の恩師の言葉を受けてです)、
 大学院進学を決める。
・やっぱり部活は(飲み会以外は)ほとんど顔を出していなかったけど、
 あと2年いることを決めたところで、前年より顔を出すようになる。ちゃっかり定期演奏会にも出る。
 この年から、常任指揮者に浅井政尾先生を呼ぶようになった。
 浅井先生の新潟県吹奏楽での大貢献は重々承知していたため、浅井先生のもとで演奏したかった。
 が。浅井先生と現役との最初のコラボレーションということもあり、事実上OBのkodaman.は引っ込み、
 浅井先生のステージは降り番。今思うと、この選択はとても後悔しています…

・こうして無事、大学院に入学。生活はほとんど変わらず。
 空いてた教官室が大学院生の研究室に割り当てられ、寝食共に研究室、なんて生活も。
・M1での定期演奏会は「照明」担当。ステージには乗っていません。
 この年のメインは、いまでこそメジャーな曲になったヴァンデルローストの「モンタニャールの詩」。
 おそらく全国的にも珍しい選曲だったと思います。当時の学生指揮の熱い思いからの選曲…
 うーん、これも実は少し後悔。

・kodaman.の大学生活の総決算。7年目(M2)。
・教員採用試験は、なんとか内定をいただき、万感の思いを込めて、最後の定期演奏会に乗る。
 このとき、理由は分からないけど、浅井先生のステージには乗ってないんだよね~ 「うんりき」と「アッピア」… 残念…
・1月、正真正銘、「追いコン」で追い出され、私の大学生活はピリオドを打ちました。
・2001年4月、新たな人生の幕開けを、魚沼で迎えることになります。

○思い出に残る演奏曲
 メキシコの祭り(4年の定演メイン)
 CHERRY CHERRY (4年の定期)
 ハンガリー民謡「くじゃく」による変奏曲(5回生の定演メイン)
 シンフォニア・ノビリッシマ(5回生の定期)
 サンチェスの子どもたち(5回生の定期)
 第六の幸運をもたらす宿(7回生の定演メイン)
 サンバ「おてもやん」(7回生の定期) 
 
Date: 2013.05.12 Category: 思い出   Comments (3) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(大学編)

・地元N大に合格し、やっぱり吹奏楽を続けたかった。
・入学式前に、練習場所(通称、音練)に行ったら、見学させてくれた。
 せ、せまい。
 新歓コンサートでやる、「フラッシィング・ウィンズ」の練習をしてた。
 ここなら楽しく過ごせそうだ、と思った、はず。

・訪問演奏が多かった。高校の時にはあまりやる機会がなかったM8もたくさんやった。
・合宿は志賀高原で4泊5日?くらい。最終夜のコンパは壮絶で記憶がないな~
・先輩方にはとにかく飲みに連れてってもらったし、自分たちでも飲みに行った。
・12月の定期演奏会が1年間の活動の集大成。大学の授業よりも、深夜まで及んだパート練習の方が記憶に残っている。

・2年の時、副指揮者に就く。副指揮者として最初に立ったステージは、ある保育園の訪問演奏会。最初にやった曲は「がんばりましょう」(SMAP)。
・学生指揮経験のある先輩から指揮を見てもらったら、「3拍子はうまいね」と褒められた。4拍子は?
歴代学生指揮者はオーラがあった。kodaman.は…
・定期演奏会で振った曲で思い出深いのは、「オリエント急行」(スパーク)。なつかしー

・3年の時、正指揮者に。力量不足を同期にたくさん支えてもらった。
定期演奏会のメイン曲を決めるとき。私は「アルメニアン全曲」を、1部ヘッドは「ローマの祭り」を推したが、結局決まったのは「シバの女王ベルキス」だった(笑)。
 原曲のフルスコアがたまたまヤマハで売ってたのを買い、勉強に励んだ…かどうかははっきり覚えてないけど、とりあえず本番は振り終えてほっとしたことを覚えている。決して涙なんか流してないよ。

その後、まさか、4年も大学に居座ることになるとは…

○思い出に残る演奏曲
 テルプシコーレ(1年定演メイン)
 オリエント急行(2年定演)
 ビザンチンのモザイク画(2年定演メイン)
 音楽祭のプレリュード(3年定演)
 シバの女王ベルキス(3年定演メイン)
 などなど~
Date: 2012.01.27 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と合唱(合唱団NEWS委嘱初演作品一覧)

ニッポニアニッポン(久住和麿 作曲)
おんでこ(久住和麿 作曲)
三階節幻想(久住和麿 作曲)

以上、無伴奏混声合唱版を第1回演奏会(1996)にて初演

無伴奏混声合唱のための『アルバム1』(まど・みちお作詩/佐藤さおり作曲)
「空」 木  ことり  空 (第2回演奏会(1999)にて初演)
「彩」 虹  クジャク  雪がふる (第3回演奏会(2000)にて初演)
「遥」 太陽と地球  アリ  えいえんにゆたかに (第4回演奏会(2001)にて初演)
さくらのはなびら (第4回演奏会(2001)にて初演)

「いのり」(ふるしゅてぃちゅか作詩  佐藤さおり作曲)(第5回記念演奏会(2002)にて初演)
やさしいこえ  どこまでも  ラララ  ほしひとつ  いのり

無伴奏混声合唱のための『アルバム2』~de France~(ふるしゅてぃちゅか作詩/佐藤さおり作曲)
「眺」 かもめ  うみべ よる  (第7回演奏会(2005)にて初演)
「想」 きみへ  Sho(唱) Ave verum  (第8回演奏会(2006)にて初演)
「湧」 Lauda Sion  Ave Regina caelorum  Sho(唱)2  (第9回演奏会(2007)にて初演)
小さな白い花に寄せて  (第9回演奏会(2007)にて初演)

Messe(佐藤さおり作曲)
Kyrie   Gloria  Credo  Sanctus  Agnus Dei (創団15周年記念演奏会(2009)にて初演)

憧憬(山田ゆきえ作詩/佐藤さおり作曲)(創団15周年記念演奏会(2009)にて初演)

無伴奏混声合唱のための『アルバム3』(佐藤さおり作曲)
「聖」 Ave maris stella  Pange lingua  Veni Creator Spiritus  (第12回演奏会(2010)にて初演)
「央」(なかば)(山田ゆきえ作詩) 植物  少年  終夜  (第13回演奏会(2011)にて初演)
あと3曲は、第14回演奏会(2012)にて初演予定。

地球の歌(佐藤さおり作曲)
またね(佐藤さおり作曲)

以上、無伴奏混声合唱版を初演。※いつだっけ?

アルバム1、アルバム2の楽譜は、「コーラス・スコア・クラブ」(キックオフ社)から出版されています。
http://www.chorus-club.com/

kodaman.は、アルバム2の「湧」と「小さな白い花に寄せて」以外は、すべて初演のステージに立ちました。
パーフェクトなのは、音楽監督と団長の二人だけです。
Date: 2012.01.20 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(高校マーチング編)

・マーチング? このことを聞いたのが、高校2年の時。
 どうやら、高校のマーチングバンドを増やしたいという考えだったらしい。
・今、考えると、よくやったなあ。非体育会系なのに。
 講師の先生に来てもらって、基本動作やコンテの見方を学ぶ。
・今でもたぶん、5mを8歩で歩けます。そして、歩き出しは左足からです
・2年のとき、初めてマーチングフェスティバルに参加。コンテストの部に出て銀賞。
 曲は「SOUSA!」(スーザのマーチのメドレー)。
・3年になるときの定期演奏会で、はじめてステージマーチングを実施。
 このときは、まだドリルではなく、管楽器は基本的に動かないで(若干の振り付けはあったけど~)、ガーズと バッテリーのパフォーマンスを取り入れた程度。翌年から本格的なドリルを始めたのではないかな。
・3年のとき、マーチングフェスティバルでは、フェスティバルの部に参加。テーマは「ミスサイゴン」。
 今でこそコンクールでも、おなじみになったミスサイゴン。このころ、ミュージカルをまだやっていたころで、 同級生の何人かは東京まで見に行ってた。編曲は講師の先生によるもので、マーチングバージョン。
 10年以上経って、吹奏楽で演奏されるようになるとは思いませんでしたなあ。
 幸い最優秀賞・県代表になりました。私の高校吹奏楽のやりおさめは、このマーチング関東大会でした。
 今でも悔やまれるのは、関東大会での最後のフォーメーション、実は超大股で動かなければならないところ、少 し足りずに、ポイントにたどり着けなかったこと。

めぐりめぐって、2年前、西関東マーチングの役員をしたとき、母校のマーチングを久々に見て、動きや音楽がキビキビしているのに感動感動。奇しくも、別団体の引率に来ていた後輩にも会えたし。

今となっては、マーチングは、「見るもの」ですね。
Date: 2012.01.20 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(高校吹奏楽編)

ある意味、吹奏楽体験としては頂点を迎えた時期かもしれません。
戻りたいのなら、この時期かも。

・「吹奏楽を高校でも続けたい」一心で、TK高校を受験、合格。
 幸い、中学校の先輩もいたので、楽な気持ちで入部。
 でも、周りはうまい連中ばかり。トロンボーンの先輩たち、こわかったし(当時の上越の中学校は関東常連も多かった)

・さすがに1年生でコンクールに出ることはなかったが、コンクール後の定期演奏会には出た。
 ちなみに、このとき、TK高校はAの部に初めて出場。先輩たちが悩みに悩んだ決断だったことを覚えてます。
 当時、定期演奏会は8月にやってました。会場はリージョンプラザ。
 パート紹介で「F1」やったのって、こんときかな?
・合宿ってやつも体験。夜遅くまで先輩たちとわいわいやってたな~
 夜の花火で、顧問のO先生がはしゃいでたのと、ご飯が多かったけど絶対残せない雰囲気だったことは、よく覚 えています。

・2年、はじめてコンクールに。講師の先生から音出しの根本から鍛え直される。
 とにかくトロンボーンは「聞こえない」「聞こえない」の一点張り。
 関川の川縁でのロングトーンの甲斐なく…
 でも、Aの部では初めて関東大会へ。会場は茨城県。長旅でした…
 会場で聴いた他校の演奏。あまりに「違う音楽」に圧倒されて帰ってきました。

・マーチングを始めたのは、私が2年の時。
 早速マーチングコンテストに参加で、定期演奏会は、この年から春に移動。会場も、上越文化会館に。
 そのときのメインは、「ローマの祭り」。主顕祭のソロやりましたが、原曲より低い編曲だったから、やりに くいやりにくい。あまり思い出したくない…

・3年の時、2年のコンクールの雪辱!と思いながらがんばったけど、県代表にはなれず。
 このときの代表は、河本先生率いる柏崎常盤と、Bの部から上がってきて初めて県代表になった日本文理でしたね。

・でもマーチングで代表になれたので、結局10月上旬まで部活やってました。
 ここから受験勉強が本格化したのだと思いますが、当時の受験勉強はほとんど覚えてません。
 そんなもんです。でも、そのとき、刷り込まれたことって、今でも無意識に行動していると思います。

・いい先輩、いい後輩、そして尊敬する顧問に恵まれ、楽しい部活生活でした。
 まさか、自分が吹奏楽部顧問になってから、O先生のもとで働くことになるとは夢にも思いませんでした。
 (高文連専門部にて)

・ちなみに、同期のWくんは、地元地区吹連の事務局長やってます。

○思い出に残る演奏曲
そよ風のマーチ&天使ミカエルの嘆き(高1コンクール)←演奏してないけど、とても印象に残っている。
吹奏楽のためのフューチュリズム&ガイーヌ(高2コンクール)
スターパズルマーチ&サロメ(七つのヴェールの踊り)(高3コンクール)
校歌
クイーンシティ組曲第1楽章←当時、入学式や卒業式の入場で演奏してた。
大阪俗謡による幻想曲←以下、定期演奏会で演奏した曲
風紋
今井美樹メドレー←ニューサウンズってやつの難しさを知った曲(笑)トロンボーンの女性の先輩が今井美樹のファンだった…
ローマの祭り

…初代ブログのデータ、消えたのはショック。実家に帰れば昔のパンフレットは全部取ってあるからまたアップしよう。 
Date: 2012.01.19 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(中学校編)

思い出にばかり浸ることはよくないと思っています。
「昔は良かった」だけでは進歩はありません。

でも、「昔はあれだけやれたんだから、これからもがんばろう」って
思うのは、悪くないと思うのですが、いかがでしょうか。

kodaman.が本格手的に吹奏楽にのめり込み始めた中学校時代です。

・中学校に入学し、迷わず吹奏楽部に入部。
 当時はまだAの部に。
 同期は多かった(小学校の吹奏楽部経験者が多数)。
 人数が多いのでコンクールは基本的に2,3年生が参加。
 しかし、その年はトロンボーンの人数が足らなかったため、私が1年生なのにコンクールに出ることに。

 中1でじっくり基礎をやれず、いきなり曲を吹かされることになったのは、
 楽しかった反面、今では悔やんでいる。

・男子は全学年合わせて10人くらい?いた。が、自分の学年から激減。
 吹奏楽=女子多数という図式は、このころからか?

・2年のとき、体調を崩し、コンクールには出れず。
 前年は地区で金、県大会で銅賞だったが、この年は地区大会で銅賞。
 
 コンクール後のミーティングで、部長が言った一言が今でも忘れられない。

 「50(コンクール参加人数)-1=0なんです。この部のだれひとり欠けても、この吹奏楽部の音は成り立たないんです」

 次年度への再起をかけました。

・3年になって、部員数は減り、Bの部に。
 地区大会金賞、県大会出場となり、コンクールで初めて新潟市へ(県民会館)。
 ※1年のときは県大会も上越だった。

 県大会の結果報告は、部長からの電話だった。
(部長と顧問以外は、帰りが遅くなるから先に帰ってきた)

 「きんしょうだったよ」

 「(よく聞こえないけど)そっかー銀賞だったかー」

 「え? 金賞だよ?」

 最後の最後で金賞がとれたのは嬉しかったわけで。

 めぐりめぐって。
 去年発行された、新潟県吹奏楽連盟の「創立50周年記念誌」を見たら、
 「コンクールの記録」の最初のページが、まさに、この中3のとき県大会金賞を取ったときのもの。
 なつかしーですなー

・3年の時、学生指揮デビューしました。
 学生指揮のポストはあるわけではなく、誰かがしなければいけなかったわけで。

 なかでも覚えているのが、「第1回Oがた夕日コンサート」
 小学校のイベントに呼ばれた中学校吹奏楽部の演奏を指揮したこと。
 以前書いたけど、このイベントも終止符を打ってしまいました。

・いやあ、中学校時代はコンクールがメインだな~
 ほかにもいろいろ発表の機会はあったけど、やっぱりコンクールが最大の思い出ですね。
  
○思い出に残る演奏曲
 カーニバルのマーチ & アルメニアンダンス パート2より第3楽章(中1コンクール)
 ポップスマーチ「すてきな日々」 & アルメニアンダンス パート1(中2コンクール)
 マナティリリック序曲(中3コンクール)
 スターフライト序曲
 コヴィントンスクエア
 ノヴェナ
 チェスフォード・ポートレイト
 栄光のすべてに
 サンライズマーチ
 卒業(斉藤由貴)


※中学校時代、私は「アレンジもの」の曲をやった覚えがありません。
 スウェアリンジェンものをよくやりました。Aの部経験のある中学校では珍しいと思います。
 伝統的なものだったのでしょうか。これが母校の「カラー」だったのでしょうか。
 私が「オリジナルもの」を好むのは、このへんのところがあるのかもしれません。
     
Date: 2012.01.10 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)

【思い出】kodaman.と吹奏楽(小学校編)

以前は粋がってて、どえらい長文になってましたが、
三十代半ばにもなり、少しは大人になったので(既に文が長いじゃん(笑))、
短く簡潔に、でもわかるように、書いてみたいと思います。
HPを持たない分、ここで連載できたらなあ、と思ってます。

・小学校1、2年の担任は実は音楽専門で、新採用2年目の先生だった。
 このころ、特段音楽にはまっていたわけではないですが、
 たぶん、なにか影響は受けてたと思ってる。

・小学校3~6年までずっと、同じ担任の先生。
 やはり、音楽専門だったと思う。でもベテランの先生。
 音楽の授業のはじまりとおわりでは、日直2人でピアノで「あいさつの和音」を弾いてた。
 影響は強かったと思っている。今でも、年賀状を出し続けています。

小学校4年のとき、クラブ活動で「合唱クラブ」に入部。
 当時は希望制。
 何を歌っていたかは全く覚えていない。
 覚えていることといえば、「視聴覚室」で仰向けに寝て発声練習をしたことくらい。

小学校5年のとき、高学年が入れる部活動で「金管バンド」に入部。 実は4年生の時から入りたかったが、金管バンドに入れるのは5年生から。

 楽器の割り当て。これが私の吹奏楽人生を決めた。
 新入部員全員にトランペットのマウスピース(練習用のプラスチック製)を吹かせられる。
 周りの連中は音が出ていた。
 kodaman.は音が出なかった。
 そこで顧問(実は担任の先生)が一言。
 「あなたはトロンボーンね」 私のトロンボーン人生が始まる。
 
・小学校6年のとき、金管バンドに新たに木管楽器が導入された。
 トランペットが20人以上いる中で、フルートやクラリネットが数本入るという奇妙な編成。
 これが、母校の「吹奏楽部」の始まり(1987年)。

○思い出に残る演奏曲
 海兵隊
 トランペットヴォランタリー
 校歌
 ジャンボは行く(児童会歌)この曲、知ってる人は間違いなく同窓生。
Date: 2012.01.10 Category: 思い出   Comments (0) Trackbacks (0)
おしらせ
当ブログをお読み下さった方、是非コメントください。 私をご存じの方はもちろん、知らない方も是非! なお、upには多少のお時間をいただきます。
プロフィール

kodaman.

Author:kodaman.
新潟県在住。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター